AI翻訳エージェントLiteressプロダクト

エージェントとしてのLiteress:判断を記憶し、自ら動く編集者

翻訳ツールに搭載されているAIの多くは、単に画面の片隅へ後付けされたチャットボットにすぎません。私たちはLiteressを、そうしたものではなく「エージェント」として構築しました。製品の根幹を支える「判断の文脈」メモリを基盤とし、必ず確認を取ったうえで、実際に作業を代行します。

Mariia Ivakhnenko
Mariia Ivakhnenko読了目安:19分
目次

※この記事は、翻訳メモリに関する解説記事の続編です。前編では「翻訳ツールは何を記憶すべきか」を取り上げました。後編となる本稿では、誇大な宣伝表現を排し、記憶する存在が自ら「動く」と何が起きるのかを掘り下げます。

「翻訳ツールに搭載されたAI」と聞いて誰もが思い浮かべるのは、画面の右端に固定されたチャットパネルでしょう。段落の翻訳を頼んだり、単語の意味を調べさせたり、文法ルールを解説させたりできます。確かに便利ではあるものの、構造的には「部外者」にすぎません。どのプロジェクトで作業しているのかを知らず、先週「このクライアントのブランド名は翻訳しない」と決めたことも覚えていません。そして、どれほど優れた提案を出してくれたとしても、実際に手を動かすのは自分自身です。提案をコピーし、該当箇所を探して貼り付け、作業の流れを見失わないよう気を配らなければなりません。

私たちが目指したのは、そうした部外者とは正反対の存在です。ファイル全体に目を通し、特定の用語をめぐって交わされた直近3回の議論を把握していて、依頼すれば説明にとどまらず自ら修正までこなしてくれる、そんな編集者でした。

その編集者こそがLiteressです。本稿では、Literessがチャットボットではなく「エージェント」である理由と、その言葉が単なる流行のラベル以上の意味を持つ理由を説明します。

チャットボットとエージェントの違い

「エージェント」という言葉は、今やほとんど何にでも使われています。ここではその区別こそが要点なので、私たちの言うエージェントが何を指すのかをはっきりさせておきます。

チャットボットは答えるだけです。質問を入力するとテキストが返され、やり取りはそこで終わります。そのテキストをドキュメントの変更に反映させる作業は、人間の役目です。

一方、エージェントは自ら動きます。ツールを持ち、それを使うかどうかを自分で判断し、「こうすればいいと思います」から「完了しました」までをつなげます。その価値は賢さにあるのではありません。提案から結果までの間に挟まっていた手作業をなくしてくれる点にあります。

どちらも、単体で見れば2026年現在では当たり前の技術にすぎません。翻訳画面にチャットパネルを載せるのは簡単です。ツールを使うエージェントを作ることも、今や難しくありません。本当に難しく、私たちが最も力を注いだのは、エージェントの行動を「信頼できるものにする」ことでした。誤った文脈に基づいて自信満々に動くエージェントは、存在しないほうがましです。機械のスピードでミスを生み出し続け、結局人間がその尻拭いをすることになるからです。

したがって、私たちが重視するのは次の2点です。

  1. 何を知っているのか?:Literessの土台となるメモリ
  2. それを使って何ができるのか?:実行できるアクションと、その安全策

Literessが把握していること:単語だけでなく「判断の文脈」も

翻訳メモリに関する記事をお読みいただいた方には、その基盤はおなじみのものでしょう。まだお読みでない方のために、要点を短くまとめます。

一般的な翻訳メモリが記憶するのは「文」です。原文、承認された訳文、そしていくつかのメタデータです。ここまではどのツールにもある機能です。珍しく、そしてTranseptが中心に据えているのは、その文を信頼できるものにしたプロセスを記憶することです。却下された候補、余白のコメント、レビュー履歴、ある訳が別の訳より選ばれた理由などです。私たちはこれを判断の文脈と呼んでいます。そして肝心なのは、これを「モデルに戻している」ことです。そのため次の翻訳では、出力をコピーするだけでなく、判断の理由まで再利用できます。

Literessが頼りにしているのも、まさにこのメモリです。Literessは、翻訳ツールの中にたまたま置かれているだけの汎用アシスタントではありません。その土台となっているのは、次のものです。

  • プロジェクトと、そこに含まれるドキュメント
  • 用語集とスタイルガイド:すでに定めた用語や文体
  • 過去の判断:承認された訳文、そして却下した候補を含め、その訳文を生み出すに至った議論
  • そして、いま作業しているドキュメント

だからこそ、「部外者」のように感じられないのです。表現を提案するときも、他の箇所で承認済みの内容を踏まえた言い回しを選びます。用語を指摘する際も、単に「不自然に見えます」と伝えるだけでなく、「直近の2つのドキュメントでは別の訳語が使われており、その理由を説明したコメントがこちらです」とまで案内できます。Literessが読んでいるのは、製品全体を支えているのと同じメモリです。言葉だけでなく、その背後にある理由まで読み取っています。

過去の判断を記憶している編集者は、それだけでも大いに価値があります。しかし、言葉で伝えることしかできないメモリは、優れた編集者が果たすべき役割の半分にすぎません。残りの半分は、自ら作業をこなすことです。

Literessができること:必ず確認を取り、実際に動く

ここからが、「エージェント」という言葉に偽りがないと言える所以です。

Literessは単なる説明にとどまりません。作業を依頼し、確認すれば、チームのメンバーと同じツールを使って製品内で実際に作業を実行します。具体的には、次のような操作ができます。

  • ワークフローの作成と実行:Transeptが自動化する複数段階のレビュー工程(翻訳、校正、スタイルガイドに沿ったチェックなど)を扱えます。目の前のタスクに合わせてワークフローを組み立て、実行に移せます。
  • ドキュメントの下書き作成:テキストをどこかへ手作業で貼り付けさせるのではなく、新規ドキュメントを直接立ち上げます。
  • CRMボード上でのタスク移動:進捗に合わせてプロジェクトのステータスを更新し、作業の文脈を切り替えることなくボードを最新の状態に保ちます。
  • デフォルト設定の適用:特定の用語集やスタイルガイドをドキュメントのデフォルトとして指定し、冒頭の1行目から適切なメモリを適用させます。
  • メンバーの招待:他の人の手助けが必要なときに、共同編集者を作業に迎え入れます。
  • エディター自体の操作:クリックすべき場所を説明するのではなく、必要なパネルを開いたり適切な画面へ案内したりして、作業が必要な場所へ直接導きます。

上記のリストの「動詞」に注目して、もう一度ご覧ください。これらは「どう操作すべきか」を教える回答ではありません。操作そのものが「完了した状態」なのです。

そして、そのすべてが事前の確認を前提としています。これは補足事項ではなく、根幹にある設計思想であり、頼れるアシスタントと制御不能な厄介者を分ける境界線です。Literessがアクションを提案すると、「これからこの操作を実行します。実行しますか?」という小さな確認チップが表示されます。承諾しない限り、プロジェクトやドキュメント、ボードに手が加わることは一切ありません。Literessは「利用者の代わりに」動くのであって、「利用者の知らないところで」動くことは決してありません。

私たちは意図してこの設計を選びました。Literessをもっと自律的にするのは簡単でした。「たぶんこれが望みだろう」と見込んで、ワークフローを次々に走らせたり、ボードを並べ替えたりさせることもできたのです。しかし、そうはしませんでした。翻訳の世界では、「速いけれど間違った判断」の代償は大きく、しかも気づきにくいものです。用語がぶれ、文体が崩れ、クライアントが権利を持つ表現が本来あるべきでない場所に紛れ込みます。確認の手間はわずかです。しかし、それで防げるミスの代償はわずかではありません。

「記憶し、自ら動く」ことが作業のあり方を根本から変える理由

この2つの要素が組み合わさることで、どちらか一方だけでは決して得られない変化が生まれます。

「記憶する」だけのツールでは、結局すべての操作を自分で担うことに変わりはありません。関連する過去の判断に気づき、それを探し出し、適用するのは人間の仕事です。メモリはいわばファイルキャビネットです。優れていて、きちんと整理されていて、そして完全に受動的です。

一方、「動く」だけのツール、つまり確かな土台を持たないままツールを使うエージェントは、速いうえに自信満々に間違えます。どの用語集のことなのかを本当はわかっていないので、平気で違う用語集を使ってワークフローを実行してしまうのです。

その双方をこなす編集者は、翻訳を単なる静的な成果物から、生きたワークスペースへと変えていきます。機械翻訳の従来のイメージは、いわば一枚の「巨大な壁」でした。機械から突きつけられたテキストの壁に沿って歩きながら、おかしな箇所を修正していくのが人間の役目です。届いた瞬間に出力は完結しており、画面を閉じた瞬間にすべてが忘れ去られてしまいます。

私たちが作っているのは、そうした「壁」とは正反対のものです。下した判断はすべてメモリに蓄積されます。そのメモリがLiteressの基盤となります。そしてLiteressは、利用者の確認を受けながらそれらの判断を適用する機械的な作業(各工程の実行、デフォルト設定の適用、ボードの整合性の維持)をこなします。そのため、作業者は自分にしかできない部分、つまり何が「しっくりくる」かを決めることに集中できます。次のドキュメントの作業は、ゼロからのスタートではありません。前回のドキュメントからシステムが学んだすべてを引き継いで始まります。ワークスペースは使うほどに進化が積み重なっていくのです。

私たちの考えを一言でまとめると、こうなります。記憶し、そのうえで自ら動く編集者は、翻訳を手直しするだけの「壁」から、使うほど良くなっていくワークスペースへと変えます。

Literessが担わない領域

できることと同じくらい、その限界についても率直にお伝えしなければなりません。過大な約束をすることは、信頼を失う一番の近道だからです。

Literessは文芸編集者であり、人間の判断の代わりになるものではありません。最先端のAIモデル(現在はGoogleのGemini)を基盤としており、これらのモデルは実務における広範な処理で並外れた力を発揮します。4万語の原稿全体で一貫性を保つ、第2章に出てきた用語を記憶しておく、40ページ目で思わず見落としてしまいそうなトーンの乱れを捉える、といった作業です。しかし、気まずさそのものが狙いだからこそジョークのぎこちなさをあえて残すべきだ、といった判断を下す人間にはなれません。その判断を下すのは作業者自身であり、そうでなければならないのです。

Literessは勝手に行動しません。実行するすべてのアクションは、事前に承認されたものです。Fast、Standard、Proのどの品質モードを選ぶかも、作業者が決めることです。提案のうちどれを最終的な訳文に採用するかも、作業者が決めることです。Literessは何ひとつ「忘れない」ようにすることには長けていますが、何が「良い」かを決める役ではありません。この境界線は、申し開きをするような制約ではなく、まさに意図した設計そのものなのです。

あらゆることを記憶し、面倒な作業を引き受けることで、人間が本当に人の判断を必要とする選択に集中できるようにする。私たちが作ろうとしたのは、そういう編集者です。画面の脇に置かれたチャットボットではなく、同じ部屋にいるエージェントです。

著者

Mariia Ivakhnenko
Mariia Ivakhnenko共同創業者

Transept共同創業者。キーウ、オストラヴァ、そしてザルツブルクでの1年間を経て、英語学・英文学の学位を3つ取得。ウクライナ出身ですが、書くのはほとんど英語です。プロンプトエンジニアとしてAIの世界に入り、その後はプロダクトマーケティングとライフサイクルマーケティングを担当。実在の人物をもとにしたセミフィクションを書きながら、言語のあいだで何がこぼれ落ちるのかという問いを追い続けています。